つれづれ物語
本年も宜しくお願いします

エーデルワイス冬 (3)

 この厳冬期にも関わらず、我が家の庭の雪の中で、スイス土産の『エーデルワイス』が咲いています。
この花はスイスでも今ではめったに見られなくなった野生種に極めて近いということです。
流石野生種です。
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zukudase1

Author:zukudase1
ようこそ!
ズク”とは長野県の人が好んで使う方言です。
・『ズクがある』・・・人があきれるくらいの極め付きの努力をする人へのほめ言葉。
・『小ズクがある』・・・世間一般的な努力家の事。
・『ズクなし』・・・努力しない人、怠け者(極普通の人の意) 
☆『ズク出せ!』・・・怠け者への叱咤激励の言葉。

 この言葉のニュアンスは『信州人』でなければ理解が難しいかもしれません。

 私も本来『ズクなし』ではありますが、セカンドライフのスタートに当たり、『ズク出せ!』と自分を鼓舞して頑張って行きたいと思っています。

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明治・大正時代の治水工事

 今日は朝起きると外は濃霧でしたが、それが晴れると、快晴の素晴らしい天気となりました。

 こんな日は家に居てもつまらないので、奥さんと紅葉見物に行くことになりました。
行く先は”松本市の牛伏寺(ごふくじ)の上の水路”です。
ここで明治・大正時代の治水事業のそれはそれは素晴らしい遺構を見てきました。
オット訂正、遺構ではありません、作られたのは明治大正時代ですが、今でも現役です。


 ここは『牛伏川フランス式階段工(うしぶせがわ フランスしきかいだんこう)』で、国の重要文化財に指定されています。
ただ有名かと言うと・・・”否”です。
私も現役時代ここから少し離れたところに会社があり10年間も毎日通っていたのですが、現役時代には聞いた事がありませんでした。
その水路の脇にある”牛伏寺(ごふくじ)”は厄除け祈願の寺で非常に有名であったので、退職後一度行ってみたいと思っていて、NETで捜していてこの水路の事を知りました。


牛伏川治水事業 (1)

牛伏川治水事業 (2)
<牛伏川フランス式階段工: 一般の人はここだけ見て帰ってしまいます>


牛伏川治水事業 (9)
<通行止めの様に見えますが、ここから上が核心部です(車は通行止め)>


 今年夏の終わり頃初めて見に行ってきました。
その時は、単なる観光地のつもりだったので、足回りも服装も何の準備もなく行ってしまいましたが、ここは少なくても”トレッキング”程度、出来れば登山装備で行かないと楽しめない事がわかりました。
周囲は広葉樹が多かったので、秋の紅葉頃再訪したいと考えていて、今日昼頃思い立って行ってきました。


 紅葉見物には少し遅過ぎました。
それでも”牛伏川フランス式階段工”にはチラホラ人影がありました。
しかしそこから上部は人も居ず、道も狭く車も入れない登山道で、熊が出ないかと心配になりました。(熊除けの鈴を持ってくるのを忘れていました)

 まず本来の登山道のある沢(日影沢&地獄沢)とは反対側の沢(泥沢)に入ってみました。
暫く細い道を進むと、一人のお年寄りが倒木に腰掛けて、ノコギリの目立てをしていました。
その周囲の沢はそこまでの間見て来た沢の風景とは全く異にしていました。
石が敷き詰められた水路が、最近作られたように綺麗なのです。

牛伏川治水事業 (6)
<発掘前の水路: 土に埋もれていて石積は見えません>

牛伏川治水事業 (4)
<発掘された水路: 小さな沢筋にも石積の川底>


 その人と暫く話をしました。
その人は、昔作られた水路が土に埋もれて見えなくなっているのが忍びないと、一人で発掘作業をしているとの事でした。(週休2日で作業しているそうです)
機械を使わず、全て人力で行っているとの事で、水路1本の作業に1年からそれ以上掛かるとの事ですが、既に綺麗になった水路や、石垣が何本も見えていました。
掘り出された水路の石積は本当に最近作られた様に綺麗で感動物でした。
これは気が遠くなるような作業です。


牛伏川治水事業 (5)
<発掘された水路の石積>


牛伏川治水事業 (10) 牛伏川治水事業 (11)
<明治・大正の建設当時の記録写真: 全山石積されていますが現在その姿は見えません(機能はしているそうです)>



牛伏川治水事業 (8)
<現在の地獄谷>


 この水路は最下流の”フランス式階段工”だけに光が当たっていますが、核心部は上流の沢筋です。
この部分は現在ほとんどすべてが土に覆われていて建設当時の状況は全く見る事が出来ません。
しかしこのご老人の発掘した水路を見ると本当に感動です。

 建設当時の写真を見ると全山石積されています、当時の人々の技術と努力に脱帽です。
この遺構(失礼現役です)がもっと世に出ても良いのではないかと思います。
『世界遺産』に登録する位の価値がある様に思いますが・・・?


牛伏川治水事業 (7)
<今回の到達地点: 次回もきっとあります>




2016.11.13
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